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死生観

◻︎先日、親戚が亡くなりました。私の父の兄であり、接点といえば結婚式に来てもらったくらいで、二人で会話をした記憶はほとんどありません。密葬に近い人数で20人程度で叔父をおくりだしました。

◻︎1月3日にはやしきたかじんさんが亡くなりました。死のイメージとはほど遠いたかじんさんの死は少なからず多くの人に影響を与えたのではないでしょうか。

◻︎『いつ死ぬかわからないから、
明日死ぬかもわからないから、
うちは短命の家系だから、
今やることにしました。』

市川海老蔵さんの言葉です。



◻︎私の祖父は80歳を超えていますが技術士として未だ現役です。運転も腕立て伏せも行うタフな祖父です。そんな姿から、定年後には無限に自由な時間が存在するような錯覚を抱いていました。


◻︎様々な死に少しずつ触れる中で、今やりたいようにやるべきだ、ということを強く感じました。

◻︎自分を高めたいという思いは、老後もやりがいを持って働けるように、とか、自分が何かやってきたという足跡を残せるように、とか、
30年先を見据えたものという感覚があります。


◻︎30年先を見つめると、今を捉える焦点はぼやけるのかもしれません。


◻︎先を見据え、自分を高められそうな場所に身を投じる、これまでそれを繰り返してきました。その中で成長し、自己を確立してきました。


◻︎ただ、常に何かを探し続けている感覚を抱いています。先ばかり見ているからこそ今を捉える焦点がぼやけ、一向に到達感がないのかもしれません。

◻︎このままでは、いつまで経っても現状に不満や迷いを持ち、さまよっている間に死を迎えることになります。


◻︎『先のために』という視点を除外して今やりたいこととは何でしょうか。


◻︎いつ死を迎えても後悔しないためには、今やりたいことに素直に力を注ぐべきです。そして躊躇せずに歩みを進めていくことが大切なのかもしれません。

◻︎自らの死を意識すること。死生観を持つこと。

◻︎これによって、有限である自己を認識し、今やりたいこと、やれることに一所懸命力を注ぐべきである。

◻︎年始からそんなことを考えさせられました。

以上

環境素人
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[ 2014/01/12 23:31 ] その他 | TB(0) | CM(0)

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